悋気のべくとる (お侍 拍手お礼の二十六)

       *囲炉裏端シリーズvv
 


野伏せり退治への頼もしき先鋒として、迎えられたる侍たちが、
軍議や申し送りにと顔を揃える場として、
はたまた“ちょっと休憩に”と仮眠なぞ取れる場所として。
村の皆様から提供された古農家の、
茅葺き屋根の軒下まで入ったその途端に、その声は立った。

 「あああっ、もうもうっ。」

妙に勢いがあっての、ちょっとばかり勘気を含んででもいるような声。
はっきり言って、誰ぞを叱ってでもいるかのような語調だったものだから、
「…っ。」
それを聞いてしまったこちらの肩が、
思わずのこと“びくくっ”と反射的に跳ね上がってしまったほどでもあって。
聞き間違えはしないこの声の主、
他の誰でもなくのあの彼が、
こんなまで強いお声を立てるなどとは滅多にないことであったし。
ましてや、

「高さが中途半端なんですよ。こっちに頭乗っけて下さいな。」

居丈高に命じるような言いようが続きもし。
一体何事だろうかと、
明けっ放しの戸口から、腰と首だけ、
そろり、上体だけを伸ばすようにして中の様子を伺い見れば、

 「いい大人が何ですか。こんなものを頭へくっつけて帰るだなんて。」
 「いい大人は関係なかろう。」
 「いい大人はちゃんと用心すると言っているのです。」

蓬髪の惣領殿を相手に、こうまで高飛車な叱責を繰り出せるとは。
付き合いが長いと訊いてはいたが、
日頃の…そう、誰かしらの眸がある時は、
膝さえ崩さずのお行儀のよさで構えての、
あくまでも元上官で現在も侍たちの首魁である、カンベエ様を立てて通す彼だのに。
誰の耳目もないとなると、こうまで気安くなるとは、

 “…古女房恐るべし。”

おいおい、真顔でそんな言いようをしない。(苦笑)
「…。」
事態が飲み込めないままに、
進退窮まり、戸口に立ち尽くしてしまっている。
そんなこちらの気配に気づいたか、

「おや、キュウゾウ殿。」

青い瞳をやんわり細め、にっこり微笑って見せたのは。
金の髪を引っ詰めに結った、長身色白な槍使い殿。
広くて天井も高い屋内の、土間の上へと設えられた板の間の上、
いつもの囲炉裏端に、やはりお行儀よくもお膝を揃え、
その腰を落ち着けていらっしゃり、
「喉が渇いたのですね。湯冷ましならこっちですよ?」
今日もちゃ〜んと用意してありますよと、
相変わらずに抜かりのないおっ母様。
ただ、今日のお言いようは心なしか語調が違っていて。

 ――― ごめんなさいねぇ、うるさくしていて、と。

眉を下げての、まるで、
“ウチの子がご迷惑をおかけして”と言い換えても通じそうな語調にて、
申し訳なさそうに言う彼であり。

 「…。」

何でだろうか、
それを聞いたキュウゾウ殿の、肉づきの薄い口許が仄かに歪む。
何をされたということもないってのに、
胸のどこかが きゅうと詰まって痛かったからだ。
自分の失態ではないけれど、でもそれも同然と構えての、
それでと詫びているシチロージだという理屈の順番が察せられ、
それが…少々カチンと来たのだろう。
「…。」
何せ、今現在のおっ母様のお膝には、
今さっきの一言にて引き倒されたものか、
板の間の上へとその身を横たえている白い衣紋の惣領殿の、
深色の蓬髪頭が乗っかっていて。
それは丁度、膝枕にてお耳掃除でも致しましょうかという態勢。
但し、耳掃除ではないらしく、
枯れた草だか小枝だか、蜘蛛の巣のようにその髪へと絡みついており。
ただでさえ、櫛さえ指さえ通りそうにはない、
凄まじいまでの縺
(もつ)れようになっている、
スズメの巣のような正しくの蓬髪であるだけに。
こんなものが取り込まれると、
そうそう容易くは外れてくれないようであり。しかも、
「あ…っと。」
ほろほろ崩れやすい枯れものの小枝は、
所によっては引っ張ると途中で切れてしまうため。
結局、気長にかからないと なかなか取れてはくれぬ難物であるらしく。

「放っておけばそのうち勝手に…。」
「取れやしません。」

皆まで言わさずのおっかぶせるように、
シチロージが強腰で言い返す。
「風体を構わない御方だってのは重々存じてますが、
 こんなみっともないものを頭につけたままの惣領がありますか。」
示しがつかないでしょうと言いたい副官殿であるらしく、そのくせ、

「ちょいとかかりそうですから、何だったら寝ててもいいですよ?」

このくらい大した手間じゃあありませんてと、
優しい横顔をほころばせ、くすすと微笑って言うのがまた、
「…。」
何でだろうか、心落ち着かぬ感慨をキュウゾウへと招いてやまない。
シチロージは先の大戦の頃、
島田隊へ配属されてのそのままずっと、彼と一緒にいたそうで。
『よほどなり手がいなかったのか、
 割と早くに副官として放り込まれてのそのまんまってトコでしょか。』
こっちからすりゃ、戦さの間中のずっとということにもなると苦笑をし、
『もっとも、カンベエ様の側にしてみれば、
 最後の方の数年ほどっていう印象しかなかったんでしょうけれど。』
『…お主、儂が何十年も戦さ場にいたと思うておるのか?』
『少なくともアタシやキュウゾウ殿の倍はおいでだったはずですよ?』
そんな憎まれを口にしつつも、
何とも温かくてしっかとしたもの、
絆のようなものがあってこその揺るがぬ親しさを、
ほわり、感じさせての睦まじさが。
傍の者へは何だかちょっぴり…疎外感を感じさせもしたものだから。

「…痛いようなら言って下さいね?」
「うむ。」

やっぱりお耳掃除のような、そんなお言いようを交わしつつ、でも、
「…。」
痛いはずがなかろうにと、
傍から見ていてついつい胸の裡
(うち)にて感じたほどに。
それはそれは丁寧に、枯枝取りを手掛けているおっ母様であり。
間合いによっては摘まむ端からほろほろと崩れてもしまう、
脆くて細い小枝を指先で摘み取るお仕事へと、
「…。」
その視線をお膝へ降ろしたまんま、没頭している母上の様子が。
いつになく、彼岸のもののように遠く見えもした次男坊だったので。
「…。」
つかつかと土間を進み、ごそり、ブーツを脱いでの板の間へと上がったのは。
湯冷ましを入れた土瓶や湯飲みが
囲炉裏の近くの盆の上へと置かれてあったから…でもあろうけれど。

 “…え?”

一縷の迷いもないままに、
囲炉裏を回り込んでのすたすたと歩み寄って来たそのまんま。
すとんと間際に座り込んだ彼だと気づいて、
シチロージが顔を上げたのと丁度入れ違いの間合いにて。
すかさずという素早さで手が伸びて来ての…止める間もなく、
その手が母上の手元へと伸びて。

 「……痛たたたたっ。」
 「あ…。」

白い指をわざわざ立てての食い込ませると、
蓬髪ごとの鷲掴みにしてという力任せの大雑把に。
絡みついていた枯れ枝の半分くらいを、
一気に毟り取ってやったキュウゾウさんだったりしたりする。


  ………判っかりやす〜vv
(笑)






  ◇  ◇  ◇



そういや、そんなこともあったなぁと、
遠く離れたとある日の一幕をひょいと思い出したのは、
旅先の旅籠の一室、宵も更けての静けさの中でのこと。
浴衣の裾を踏みはだけ、
お膝へ跨がるように乗り上がって来ている“懐ろ猫”の、
ふかふかな金の髪を見下ろした蓬髪の壮年様。
半分おネムか、力なく凭れかかってくる温みのまろやかさに、
ついの苦笑が零れてやまない。
少しばかり顎を引き、陶器のようにするりとした頬を見下ろし、
うりうりと指先でちょっかいを出せば、

 「〜〜〜。」

む〜と眉をしかめ、イヤイヤをし、
逃げるようにこちらの胸板へと顔を伏せてしまう他愛のなさ。

 「眠いのか?」
 「…。(否)」

かぶりを振る所作も稚
(いとけな)く、
ますますのこと、
こちらの懐ろへその身を揉み込む かあいらしさに破顔する。
こんな彼だというのに、
冷然とした眼差しにて敵を見据えての、
容赦なく斬殺してゆく凄腕の“もののふ”でもあるなんて。
一体誰が信じようか。

 “………。”

あれから幾らかの歳月が流れて。
小さな村から始まった騒動は、途轍もない大事件への点火役をなし。
歪んでかたよったままにて、
とんでもない方向へ突っ走りかけていた世界の命運は、
たった7人のお侍の手で、見事なまでのどんでん返しを遂げての
現在に至っている訳で。
それへと関わったお侍様がたは、
それぞれに得たものを抱えてのとりあえずは四散して。
新しい環境にて新しい生活を始めていたり、
はたまた、旅の空の下にあったりと。
元がそうであったようにではなくての、
少しずつ変化進化を遂げての、
現在という“明日”へ辿り着いていたりする訳で。

“あの頃は、シチに手を焼かせる儂へとあたっておったものが。”

それが今は。
誰ぞが勘兵衛へと構いつけようとするのへと、
膨れて見せたり、拗ねたり妬いたり。
…まま、直接あたられているのは、
やはりこちら様の壮年の側であるのだが。
“…。”
これもまた、彼の上へと生じた“変化”や“進歩”というものか。
何かへの執着というものを初めて抱だき、
それに踊らされて、笑ったり焦れたり怒ったり。
切ない想いもし、振り回されもし、
そんな自分へしおれまでして、でも。
それでも手放せぬものと大事に大事に抱え直しては、

「…。」

すりすりと、頬をこすりつけて来る久蔵の所作と温みへと。
思わずのこと、苦笑が零れた勘兵衛の側だとて、
あの七郎次が懸念していた“人嫌い”は影を潜めての随分な変わりようなのだと、
気づいているやらいないやら。
果てなき未来とまでの遠くを望むには、
少しばかり頭
(こうべ)を持ち上げるのが遅すぎたけれど。
君とならば何処までも、
俯かず、背負ったものとばかり向き合わず、
明日
(さき)を見やって歩き出せるから………。




  〜 どさくさ・どっとはらい 〜  07.6.02.


  *どっちのシリーズになるものかと
   仕上がってから迷ったのですが、
   比重を考えると“囲炉裏端”かなぁと。
(苦笑)


めーるふぉーむvv
めるふぉ 置きましたvv **

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